灰野敬二 トーク・エッセー 2

いないっていうのは、やりたいんだけど、売るっていうことが頭にあるから。イイものを売る以前に、まず売らなきゃいけないという至上命令があるから。
 それは全部含まれていて、ライブハウスのノルマ制も全部そこなんだ。
 もうねぇ、ある友達はすべて三流の時代だと。死語みたいな言葉だけどね。だからその前の表現を生み出す時代なんてもうないって。ロックはあれでいいの。それ以上になる必要がない訳。サイケデリックでも何でも、ある時に終わって、終わったということはそれ以上になれない訳でしょ、留まってしまったということは。それ以上か、そうじゃないことをやろうとすることは現在生きている人間のある意味では使命にちかい訳じゃない。プロっていう意識は、人を呼んで産業にするプロ意識じゃない。作る、違うものを作ってというか、本物だよね。本物をやろうという時にその意識を芽生えさせない。
 17歳の高校生が、ライブハウスを「ああ、そこに100人入れたらライブできるんだ」って思って、2クラス集めればいい訳じゃない。そうするとノルマは払わなくてもいいし、バンド2つくらいあると150人集まっちゃう訳よ。そうすると多少のギャラもらえる訳よね。音楽ってこういうことなのかって入っていけば、当然レコード会社入って、1万枚売らなきゃギャラもらえないよなって言ったら、1万枚売るために計算をしだす訳。初めからそういうものと捉えて考えていれば、サウンドもここでツ、ツ、ツ、タよりもツツツタッの方がいっぱい売れると、曲も作り出す訳よ。時代のニーズを本人が考える、という以前に考えられちゃう。頭の中でそういうシステムがそう回路されてるんだもん。
 昔は、アンダーグラウンドは、日本にサイケデリックっていう時代の産物なんて、「サイケ」って言葉しかなかったんだ。あんまり乱暴に言いたくないけど、グループサウンズで問題意識がちょっとあったような奴等は、それをちょっとやっただけで、今からは、本当のサイケデリックからは考えられないけどちょっとカラフルな服を着ていただけで……。
だからね、僕なんかに言わせればここがまた罠なんだけど、今ひょっとすると、僕は真面目に考えてるけどアメリカで起きた60年代最後から70年代の問題意識としては、根底のない問題意識としては日本人に切実な問題としてある。これは僕がよくいう例えで、30年前のアメリカの映画を見てごらん。そしてキッチンを見てごらん。キッチンがレンジとかオーブンとか(日本では)ようやく5年ぐらい前からあるの。エンゲル係数じゃないけど、人間の生活水準を測るのはじつはそこで、人間が何を食べてるか、どういう余裕を持っているかということ。冷蔵庫があるかっていうのは20年前までで、レンジとかオーブンていうのは5年前にやっと日本人の生活の中に、アパート暮らしの一人住まいじゃない普通の4人家族の家庭の中で起きている状況っていうのは、ホントに30年前のアメリカだからね。罠っていうのはね、ほんとに張り巡らされててほとんど気付かないし、それは個人が作るものじゃなくて、暗黙の了解に、知らないうちに結託されてしまうもので……資本主義ってそんなことだから。誰かが資本主義を追い出そうなんて今言い切らなくてもいきなりぶっ潰されて終わる訳だから。
(レコード会社に買われる)そのことは我々の時代にはもう下世話なことだったのね。僕がいまだ信じてるロックからするとね、冗談じゃないと。とりあえず俺たちは何のために始めたんだと、ドロップアウトしてね。もう全てに対して「NON!」と言ってた訳だから一回は。そこから始まっていたはずなんだ。それはもう僕が勝手に信じている部分ではあるけど、だって彼らはそのことに気付きようがないんだもん。できちゃうし、そのことで、いちばん企みとか罠があるのが歌詞だよ歌詞っ!
 「私は私らしく」って言ってるその言葉自体は凄いんだよ、実は。アルトーに匹敵するのよ「私は私らしく」っていうことは。ところがそれが言葉じゃなくって、どこがやってるかって言ったら100分の1%もない。ところが本人達はそう思い込んでるし、思い込まされてるスゴさ。異端児がいたって本人が気付かないところで含まれてしまう訳。「私は私」って言うね、僕に言わせたらたった一言しかなくて「私も」なのよ。この一言で全ては終わるはずなのに、「私は」って平気で言えちゃう訳。「私は」と「私も」の違いに気付いてない。今、あなたは個性がないですねって言われたら、ミュージシャンやれないよ。本人たちは「個性」があると思い込んでるし、個性があるって思い込まされてるんだから、それをホントに全て崩すような理論、理論体系をもって発表できる場所があれば誰にでも話したい、俺ホントに崩せる自信があるも。
 例えばかつて、はっぴいえんどっていうバンドがあって日本のロックと言い放った訳よ。ところがそこにおいてビート感とか日本語の発音の仕方っていうのは、どっこにも「日本」なんてない訳。でも彼らは、日本のロックとして明らかにいま神格化されている訳じゃない。俺はあれを崩す自信じゃなくって誠意がある、崩す誠意が──。